地球温暖化への対策として、「脱炭素」という言葉を耳にする機会が増えてきました。特に企業にとっては、脱炭素への取り組みが経営上の重要課題となりつつあります。しかし、「脱炭素とは具体的に何を指すのか」「自社では何から始めればいいのか」と疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。この記事では、脱炭素の基礎知識から、企業が取り組むメリット、具体的な実践方法まで、わかりやすく解説していきます。
脱炭素とは?
「脱炭素」という言葉を、ニュースやビジネスの場面で耳にする機会が増えていませんか?地球温暖化が深刻化する中、世界中の国や企業がCO₂(二酸化炭素)の排出削減に本気で取り組み始めています。
脱炭素とは、簡単に言えば「CO₂をはじめとする温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすること」を目指す取り組みです。かつては「低炭素」、つまり排出量を減らすことが目標でしたが、気候変動の影響が予想以上に深刻化したことを受けて、より踏み込んだ「脱炭素」へと世界の方針が切り替わりました。
この記事では、「そもそも脱炭素って何?」「カーボンニュートラルとは違うの?」「企業は何から始めればいいの?」といった疑問にお答えしながら、脱炭素の基礎知識から具体的な取り組み方法まで、わかりやすく解説していきます。自社の脱炭素経営を検討している方にとって、最初の一歩を踏み出すヒントになれば幸いです。
脱炭素の定義──「カーボンニュートラル」との違いは?
脱炭素とカーボンニュートラルは、ニュースや政策文書の中ではほぼ同じ意味で使われることが多い言葉です。ただし、厳密には少しだけフォーカスが異なります。
カーボンニュートラルは、
「温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、正味の排出量をゼロ(ネットゼロ)にする状態」
を指します。CO₂だけでなく、メタンやフロン類なども含めた温室効果ガス全体を対象に、排出した分を削減・吸収・クレジットなどで埋め合わせるという考え方です。
一方で脱炭素は、そのカーボンニュートラルな状態を実現するために、化石燃料への依存を減らし、再生可能エネルギーの導入や省エネの徹底などによって、温室効果ガス、とくにエネルギー起源のCO₂排出を大きく減らしていく「プロセス」や「方向性」を指す場合が多い言葉です。
日本政府も「2050年カーボンニュートラル=脱炭素社会の実現」と表現しており、実務上はほぼ同義として扱われています。
重要なのは、用語の違いそのものよりも、
「温室効果ガスの排出を可能な限り減らし、残りを吸収やクレジットで埋め合わせて、社会全体としての正味排出をゼロに近づけていく」という共通のゴールに向けて行動できているかどうかです。
世界で脱炭素が求められる理由──気候変動と規制強化の流れ
なぜ今、これほど脱炭素が求められているのでしょうか?その背景には、深刻化する気候変動と、それに対応するための国際的な規制強化があります。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書によると、世界の平均気温は産業革命前と比べてすでに約1℃上昇しており、このままのペースが続けば2030年から2052年の間に1.5℃に達する可能性が高いとされています。気温上昇は、集中豪雨や干ばつ、海面上昇といった異常気象を引き起こし、私たちの生活や経済活動に大きな影響を及ぼします。
こうした危機感から、2015年に採択されたパリ協定では、世界の平均気温上昇を「2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標が掲げられました。この目標を達成するには、IPCCの試算によると、2030年までにCO₂排出量を2010年比で約45%削減し、2050年前後には実質ゼロにする必要があるとされています。
こうした流れを受けて、各国では炭素税や排出量取引制度といったカーボンプライシング(炭素に価格をつける仕組み)の導入が進んでおり、企業にとっても「脱炭素」は避けて通れない経営課題になっているのです。
日本政府が掲げる「2050年カーボンニュートラル」──企業に求められることは?
日本でも、脱炭素に向けた動きが加速しています。2020年10月、当時の菅義偉首相は所信表明演説で「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言しました。これがいわゆる「2050年カーボンニュートラル宣言」です。
さらに2021年4月には、中間目標として「2030年度に温室効果ガスを2013年度比で46%削減する」ことが表明され、「さらに50%の高みに向けて挑戦を続ける」という意欲的な姿勢も示されました。従来の目標(2030年度に2013年度比26%削減)から大幅に引き上げられた形です。
この目標を達成するため、政府は「地域脱炭素ロードマップ」や「GX(グリーントランスフォーメーション)推進戦略」といった政策を次々と打ち出しています。企業に対しても、温室効果ガス排出量の算定・報告制度の強化や、省エネ法の改正など、脱炭素経営を促す施策が進められています。
もはや脱炭素は、一部の先進企業だけの話ではありません。サプライチェーン全体での排出量削減が求められる中、取引先から脱炭素への対応を求められるケースも増えています。自社の持続的な成長のためにも、今から準備を始めておくことが大切ですね。
企業が脱炭素に取り組むべき理由

企業にとって、脱炭素への取り組みは単なる社会貢献活動ではなくなりつつあります。取引先や投資家からの要請、規制の強化、そして消費者の意識変化により、脱炭素経営は企業の持続的な成長に欠かせない要素となっています。
ここでは、企業が脱炭素に取り組むべき具体的な理由を4つの観点から解説します。
取引先からの要求(サプライチェーン排出量の開示義務)
近年、大企業を中心に、自社だけでなくサプライチェーン全体での温室効果ガス排出量を把握・削減する動きが加速しています。2027年3月期から、東京証券取引所プライム市場に上場する時価総額3兆円以上の企業約70社に対し、スコープ3(サプライチェーンからの排出)を含めた気候関連情報の開示が義務化される見通しです。2028年3月期には対象が時価総額1兆円以上に拡大し、160〜170社に広がる見込みです。
この影響は、直接的な開示義務がない中小企業にも及びます。サプライチェーン排出量の開示を進める大企業から、取引先である中小企業に対しても排出量データの提供を求めるケースが増えてきているのです。 つまり、脱炭素への取り組みは、取引を継続するための必須条件になりつつあるといえるでしょう。
投資家からのESG評価の向上
ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の拡大により、脱炭素への取り組みは投資家からの評価にも直結するようになりました。世界持続的投資連合(GSIA)によると、2020年の世界のESG投資額は約35兆3,000億ドル(約4,020兆円)に達し、日本でも約2兆9,000億ドル(約330兆円)と、ESG投資の拡大が続いています。
ESG経営に積極的な企業は投資家からの評価を得やすく、出資先に選ばれやすいため、事業に必要な資金を調達しやすくなります。 逆に、脱炭素への対応が遅れている企業は、投資対象から除外されるリスクもあります。企業の持続的な成長のためには、ESG評価を意識した経営が不可欠な時代になっているのです。
コスト削減・競争力の強化
脱炭素への取り組みは、実はコスト削減にもつながります。省エネルギーで効率の良い機械や最新の空調・再エネ設備などを導入することで、自社のエネルギーや資源の使用量を減らせるため、光熱費や物流コストの削減につながります。特に電気使用量の削減対策をしておくことで、電気代高騰の影響を最小限に留めることができます。
令和3年度の省エネ補助金において、LED照明器具を導入した企業の年間平均削減コストは129万円、高効率空調の導入企業では118万円の削減効果が報告されています。
また、脱炭素に積極的に取り組む企業は、サプライチェーン全体での排出削減を目指す大企業から選ばれやすくなるため、新たなビジネスチャンスの獲得にもつながります。
人材獲得やブランド価値の向上
脱炭素への取り組みは、企業のブランド価値向上や人材採用にも大きなメリットをもたらします。就活生をはじめとする求職者にとって、「社会貢献度」は企業選びの基準として重要視される傾向にあり、SDGsの普及によりその傾向はますます高まっています。そのため、脱炭素化の取り組みを表明している企業は、採用ブランディングの面でも有利に働きます。
特にZ世代は、企業を見る際に「企業の社会的責任」を重視しており、主力事業のパフォーマンスだけでなく、SDGsへの取り組みやダイバーシティ経営など、あらゆる取り組みが重要になる時代へとシフトしています。
脱炭素経営は、優秀な人材の確保と既存社員のモチベーション向上の両面で、企業に好影響をもたらすのです。
脱炭素実現に向けて企業が削減すべきCO₂排出量(Scope 1・2・3)
企業が脱炭素を進めるためには、まず「どこで、どれだけの温室効果ガスを排出しているのか」を正確に把握する必要があります。温室効果ガスの排出量は、国際的な基準「GHGプロトコル」に基づいて、Scope1・2・3という3つの区分に分類されます。ここでは、それぞれの区分の内容と、なぜ今Scope3が特に重視されているのかを解説します。
Scope1(自社の燃料由来)
Scope1とは、事業者自らによる温室効果ガスの直接排出を指します。具体的には、燃料の燃焼や工業プロセスによる排出が該当します。
たとえば、自社の工場でボイラーを稼働させるために重油や天然ガスを燃やしたり、社用車でガソリンを使用したりする際に発生するCO₂がこれにあたります。製造業であれば、製造工程で化学反応によって発生する温室効果ガスもScope1に含まれます。
Scope1の排出量は、自社が直接管理・コントロールできる領域であるため、設備の更新や燃料の転換といった対策を講じやすいのが特徴です。まずは自社の燃料使用状況を把握し、省エネ設備の導入や電化への切り替えを検討することが、削減への第一歩となります。
Scope2(電力・熱の使用)
Scope2とは、他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出を指します。
企業が購入した電力・熱・蒸気の使用に伴い、外部で間接的に発生する温室効果ガスの排出が対象となります。使用される電力をつくる過程で発電所から排出されるCO₂などが含まれます。
たとえば、オフィスや工場で使用する電気は、電力会社の発電所で化石燃料を燃やして作られることが多いため、その発電時に排出されたCO₂が自社のScope2排出量としてカウントされます。
Scope2の削減には、再生可能エネルギー由来の電力への切り替えや、自社での太陽光発電設備の導入が効果的です。電力会社との契約を見直すだけでも、排出量を大幅に削減できる可能性があります。
Scope3(サプライチェーン)
Scope3とは、Scope1・Scope2以外の間接排出で、事業者の活動に関連する他社の排出を指します。
原材料の調達、物流、従業員の通勤・出張、製品の廃棄など、企業活動に関わる広範な排出が含まれます。 サプライチェーンの「上流」(原材料調達や輸送など)と「下流」(製品の使用や廃棄)の両方が対象となり、15のカテゴリに分類されています。
Scope3は、自社以外の取引先や消費者に関わる排出であるため、算定や削減が最も難しい領域とされています。しかし、企業のサプライチェーン全体での温室効果ガス排出量のうち、Scope3の排出量が大半を占めていることが多いです。
なぜ今「Scope3」が重視されるのか
近年、Scope3への注目が急速に高まっています。その理由は、製造業を中心にScope3が自社のGHG排出量の大部分を占めるケースが多く、地球温暖化の進行に歯止めをかけるには、Scope1・2だけでなく、Scope3までを含めた包括的な削減が欠かせないからです。
実際に、BCGとCDPの共同調査によると、2023年時点の世界の全産業におけるスコープ3上流の排出量は、スコープ1・スコープ2の合計のおよそ26倍でした。
さらに、2027年3月期から、東京証券取引所プライム市場に上場する大企業に対し、スコープ3を含めた気候関連情報の開示が義務化される見通しです。こうした規制強化の流れを受けて、サプライチェーン全体での排出量管理は、もはや大企業だけでなく、その取引先である中小企業にとっても避けて通れない課題となっているのです。
企業が取り組める脱炭素施策
ここまで、脱炭素の基礎知識や企業が取り組むべき理由、そしてScope1・2・3について解説してきました。では、具体的にどのような施策から始めればよいのでしょうか。
企業の脱炭素化を実現するためには、様々な調達手法を適切に組み合わせていくことが重要です。 大きく分けると、「電力の再エネ化」「省エネ」「モビリティの見直し」「資源循環」「カーボンクレジットの活用」という5つのアプローチがあります。
自社の事業規模や業種、設備の状況に応じて、できるところから着手していくことが大切です。ここでは、それぞれの施策について詳しく見ていきましょう。
電力の再エネ化(PPAモデル・FIT/FIPの活用)
再エネ電力を調達する手法として、近年注目を集めているのがコーポレートPPAです。
PPAとは「Power Purchase Agreement(電力購入契約)」の略で、発電事業者と電力需要家が直接、あるいは小売電気事業者を介して長期間・固定価格で電力供給契約を結ぶスキームです。
コーポレートPPAが注目される理由は2つあります。1つ目は、RE100などの国際的なイニシアチブで評価される「追加性」を確保できること。2つ目は、電力価格の高騰リスクを回避し、長期的に安定したコストで再エネを調達できることです。
2022年4月からはFIP制度もスタートしました。
FIP制度は、再エネの売電価格にプレミアム(補助額)を上乗せする仕組みで、市場価格に連動した柔軟な売電が可能になります。
小売電気事業者の再エネ電力メニューへの切り替えも、現在最も簡易的に再エネ電力を調達できる手法といえます。
省エネ(設備更新・デジタル化)
省エネは、脱炭素の基本かつ最も即効性のある施策です。国は、工場全体の省エネ、製造プロセスの電化・燃料転換、省エネ機器への更新、エネルギーマネジメントシステム(EMS)の導入という4つの類型で企業の投資を支援しています。
環境省のSHIFT事業では、一定規模(※)以上のCO₂排出量がある工場・事業場を保有する中小企業に対し、脱炭素化促進計画の策定支援や、計画に基づく設備更新への補助を行っています。
(※)2025年は50t以上3000t未満が対象
省エネ補助金では、高効率空調、LED照明、高効率ボイラ、産業用モータなどの指定設備への更新が支援対象となっています。
また、デジタル化の進行により電力消費量の増大が見込まれる中、EMSの導入によるエネルギー需要の最適化も重要な取り組みとなっています。
モビリティの見直し(EV化、移動の最適化)
乗用車によるCO2排出量は運輸部門の45.7%を占めており、企業によるEV化の推進が重要です。
EVは化石燃料を使用せず電力のみを動力源とするため、走行時に温室効果ガスを排出しないメリットがあります。
社用車・公用車をEVに置き換えることで、運転に伴う温室効果ガスの排出量を大幅に削減できます。再生可能エネルギー由来の電力でEVを充電すれば、削減効果をさらに高められます。
国や自治体ではEV導入を後押しするCEV補助金やZEV補助金が用意されており、充電設備の設置費用にも適用される場合があります。
EVを使用していない時間にカーシェアリングとして市民へ貸し出せば、地域社会への貢献にもつながります。
また、エネルギーマネジメントシステムにより充電のタイミングを最適化することで、電力コストの抑制も可能です。
資源循環(ゼロエミッション)
ゼロエミッションとは、廃棄物を限りなくゼロに近づける取り組みで、1994年に国連大学によって提唱されました。
資源循環は、カーボンニュートラルの観点からも重要です。資源の循環を進めることで、材料の製造などにかかるCO2排出も抑えられます。例えば、アルミ缶を再生材で作ると、新品素材のみで作る場合と比べて97%もCO2排出を削減できるポテンシャルがあります。
サーキュラーエコノミー(循環経済)とは、従来の3Rの取組に加え、資源投入量・消費量を抑えつつストックを有効活用しながら、サービス化等を通じて付加価値を生み出す経済活動です。
近年では、製品の設計段階から廃棄までのすべてのプロセスにおいて資源循環を検討する「サーキュラーエコノミー」という概念に沿って、経済面と環境面の両立を図る企業が増えています。
積水ハウスは全国21カ所の「資源循環センター」を通じて、新築施工時に発生する廃棄物を100%リサイクルする「積水ハウスゼロエミッションシステム」を運用しています。
カーボンクレジットの活用──「削減しきれない分」を補完
どれだけ省エネやEV化を進めても、事業活動上どうしても削減しきれないCO2排出量は残ります。そこで活用できるのが「カーボンクレジット」です。
カーボン・オフセットとは、日常生活や経済活動において避けることができないCO2等の温室効果ガスの排出について、まずできるだけ排出量が減るよう削減努力を行い、どうしても排出される温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資すること等により埋め合わせるという考え方です。
J-クレジット制度とは、日本で行われた温室効果ガスの削減・吸収活動による削減量・吸収量を「クレジット」として販売・購入できる制度で、環境省・経済産業省・農林水産省が運営しています。
クレジット購入者は、省エネ法の定期報告書への活用や温対法の調整後温室効果ガス排出量への使用、カーボンオフセットによる企業イメージ向上などのメリットを得られます。また、再エネ発電由来のJ-クレジットはCDP質問書やRE100達成のための再エネ調達量として報告できます。
2023年10月からは、東京証券取引所でJ-クレジットを対象としたカーボンクレジット市場も開設されました。まずは自社での削減努力を最大限行い、それでも残る排出量をクレジットで補完するという順序で活用することが大切です。
脱炭素を進める流れ
脱炭素経営を進めるには、どのような手順で取り組めばよいのでしょうか? 環境省の「中小規模事業者向けの脱炭素経営導入ハンドブック」では、「知る」「測る」「減らす」の3ステップが示されていますが、ここではより実務的な5つのステップに整理してご紹介します。自社の状況を把握し、目標を立て、施策を実行し、結果を検証するというPDCAサイクルを回すことで、着実に脱炭素化を進められるでしょう。
① 現状把握──まず「どれだけ排出しているか」を知ることから
脱炭素経営の第一歩は、自社の温室効果ガス(GHG)排出量を正確に把握することです。これは「ダイエットでいえば、まず体重計に乗ること」ともいわれています。
排出量の算定には、世界標準の「GHGプロトコル」という国際基準が用いられます。GHGプロトコルはWRI(世界資源研究所)とWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が共同で策定したもので、企業における排出量算定や報告の方法を示す「コーポレート基準」として広く採用されています。 排出量の算定式は「排出量=活動量×排出原単位」が基本となります。 たとえば電気使用量(活動量)に電力会社の排出係数(排出原単位)を掛けることで、CO₂排出量が計算できます。環境省のグリーン・バリューチェーンプラットフォームでは、排出原単位データベースも公開されているので、ぜひ活用してみてくださいね。
② 目標設定──「科学に基づいた目標」で説得力を高めるには?
排出量を把握したら、次は削減目標を設定します。近年注目されているのが「SBT(Science Based Targets:科学に基づく目標)」という国際イニシアチブです。
SBTiは、WWF、CDP、世界資源研究所(WRI)、国連グローバル・コンパクトによる共同イニシアチブで、企業に対して科学的知見と整合した温室効果ガス削減目標の設定を支援・認定しています。 パリ協定が目指す「気温上昇1.5℃以内」の実現に向けて、どれだけの排出削減が必要かを科学的根拠に基づいて示すものです。日本では2025年6月時点で1,790社がSBTに参加し、うち1,710社がSBT認定を受けています。 SBT認定を取得することで、投資家や取引先への説得力が増し、CDPスコアの向上にもつながるといわれています。中小企業向けには、Scope1・2のみを対象とした「中小企業版SBT」もあるので、まずはそちらから検討してみるのもよいかもしれませんね。
③ 施策の立案──「何から始めるか」を優先順位づけするコツ
目標が決まったら、具体的な削減施策を検討します。施策は大きく「省エネ」と「再エネ導入」の2つに分けられます。
省エネ施策としては、高効率空調やLED照明への更新、EMSによるエネルギー管理の最適化などが挙げられます。再エネ導入では、太陽光発電の自家消費や再エネ電力メニューへの切り替え、コーポレートPPAの活用などが選択肢になります。
環境省の「中小規模事業者のための脱炭素経営ハンドブック」では、投資が必要な削減対策は予算額を閾値として、「優先的に実施する対策」と「中長期的に検討する対策」に分類することが推奨されています。 すべてを一度に実行するのは難しいので、費用対効果や実現可能性を考慮しながら、削減効果の大きい施策から着手するとよいでしょう。補助金制度も積極的に活用してみてください。
④ 社内浸透・ステークホルダーへの開示──「伝える」ことで取り組みが加速する
脱炭素の取り組みは、社内に浸透させるとともに、社外のステークホルダーにも積極的に開示することが重要です。
社内浸透については、経営トップのコミットメントを明確にし、全社的な取り組みとして位置づけることがポイントです。各部門が連携してデータを収集・管理できる体制を整えましょう。
社外への情報開示では、「TCFD」や「CDP」といった国際的な枠組みが活用されています。TCFDは企業に対して、ガバナンス・戦略・リスクマネジメント・指標と目標の4項目で気候変動の影響を開示することを推奨しています。 CDPの気候変動質問書はTCFDと整合した内容となっており、質問書に回答することで自社の気候変動関連リスクと機会を把握し、投資家への情報提供にも活用できます。
情報開示は「やらされ仕事」と捉えがちですが、取り組み状況を可視化することで社員のモチベーション向上にもつながるといわれています。
⑤ 効果測定と改善──PDCAを回して「続けられる仕組み」をつくるには?
施策を実行したら、定期的に効果を測定し、改善につなげることが欠かせません。これは品質管理で広く知られる「PDCAサイクル」の考え方と同じです。
PDCAサイクルでは、Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)の4つのプロセスを繰り返すことで、業務の質を段階的に高めていきます。 脱炭素経営においても、年度ごとに排出量の変化を確認し、目標との差異を分析して、次年度の施策に反映させることが重要です。
SBT認定企業は、認定後に年1回、GHG排出量と対策の進捗状況の報告・開示を行う必要があります。 こうした定期的な報告の仕組みを活用することで、社内の改善サイクルも自然と回りやすくなるでしょう。
「完璧な計画を立ててから」ではなく、まずは小さく始めて、改善を重ねていく姿勢が大切です。一度きりで終わらせず、継続的にサイクルを回すことで、脱炭素経営は確実に前進していくはずです。
脱炭素の取り組み事例(国内外)
製造業──トヨタ・パナソニックに学ぶ「工場まるごと脱炭素」のアプローチとは?
製造業は日本のCO₂排出量の約3割を占める産業であり、脱炭素化が強く求められている分野です。大手メーカーはすでに野心的な目標を掲げて取り組みを進めています。
トヨタ自動車は「工場CO₂ゼロチャレンジ」を掲げ、2030年までに2013年比で工場のCO₂排出量を35%削減、2050年には工場生産のCO₂排出量ゼロを目指しています。 具体的には、製造工程の見直しによる「シンプル・スリム・コンパクト化」、廃熱回収によるエネルギー効率改善、そして太陽光発電や風力発電などの再エネ導入を組み合わせて推進しています。
パナソニックは「Panasonic GREEN IMPACT」という戦略のもと、自社製品だけでなくサプライチェーン全体でCO₂削減を進めています。2030年までに事業運営全体でネットゼロ達成を目指しています。
省エネ家電や太陽光発電システムなど環境配慮型製品の普及にも力を入れており、「売る製品でも社会のCO₂を減らす」という発想が特徴的ですね。
物流業──ヤマト・佐川が進める「配送の脱炭素化」、その最前線とは?
物流業界は運輸部門のCO₂排出量の約4割を占め、脱炭素化が急務とされる分野です。大手宅配企業は、車両の電動化やモーダルシフトなど多角的なアプローチで取り組みを加速させています。
ヤマトグループは「2050年温室効果ガス自社排出実質ゼロ」と「2030年GHG自社排出48%削減(2020年度比)」を目標に掲げています。主要施策として、2030年までにEV約2.35万台の導入、再生可能エネルギー由来電力の使用率70%への向上、太陽光発電設備810基の設置などを推進しています。 物流拠点に最適化した独自のエネルギーマネジメントシステム(EMS)も導入し、効率的なエネルギー管理を実現しています。
佐川急便では、2023年11月からFCV(燃料電池)トラックおよびEVトラックを順次導入しています。走行時にCO₂などの排気ガスを出さないこれらの車両は、1台につき年間約12トンのCO₂排出量を抑制できると見込まれています。
また、トラックを使わない「環境にやさしい集配」として、サービスセンターを拠点に台車や電動アシスト自転車での配送も推進しています。モーダルシフト(鉄道・船舶への輸送切り替え)にも積極的で、サプライチェーン全体でのCO₂削減に取り組んでいるのが印象的ですね。
不動産・建築──ZEB/ZEH普及のトップランナーたちが示す「建物の脱炭素」の未来
建物の使用段階で排出されるCO₂は、日本全体の排出量の約3分の1を占めるといわれています。不動産・建築業界では、「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」や「ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)」の普及が脱炭素化のカギを握っています。
三井不動産は2030年度までに国内全ての新築物件でZEB/ZEH水準の環境性能を実現することを目標に掲げています。また、GHG削減率目標を40%(2019年度比)に引き上げ、2050年度のネットゼロ達成に向けたロードマップを策定しました。 物流施設や商業施設の屋上への太陽光パネル設置、オフィスビルでのLED化や空調負荷低減など、既存施設の環境性能向上にも積極的に取り組んでいます。大和ハウス工業はZEB建設のトップランナーとして、2023年までに累計1,305棟のZEBを供給しました。国のZEB普及率が1%未満にとどまる中、同社は2023年上期にZEB率66.3%を達成。 「私たちが建物を建てるほど、社会の脱炭素化が加速する」というビジョンのもと、戸建住宅のZEH率も95%を達成しています。脱炭素だけでなく、BCP対応や省コストなど複合的なメリットを訴求することで、顧客の理解を得やすくなっているようですね。
脱炭素のよくある課題と解決策
脱炭素経営の必要性は理解していても、実際に進めようとすると壁にぶつかることがあります。ここでは、多くの企業が直面する代表的な課題と解決策をご紹介します。
「どこから始めればいいか分からない」──最初の一歩を踏み出すには?
まずは専門家に相談してみましょう。中小企業基盤整備機構の「カーボンニュートラル相談窓口」では、全国どこからでも無料でアドバイスを受けられます。脱炭素関連のセミナーに参加して情報収集するのも効果的ですね。
「データの集め方がわからない」──算定のハードルを下げる方法は?
「Zeroboard」「ASUENE」などのクラウドサービスを使えば、請求書データから排出量を自動計算できます。川崎市のように無料の算定ツールを公開している自治体もあるので、まずは手軽なツールから試してみてはいかがでしょうか。
「社内の合意形成が難しい」──全社的な取り組みにするには?
経営トップが率先してコミットメント(宣言)を示すことがポイントです。リコーグループではCEOを委員長とするESG委員会を設置し、脱炭素を経営課題として位置づけています。トップの姿勢が明確になれば、社員の意識も変わりやすくなりますね。
「コストが高い」──費用負担を軽減する方法は?
国や自治体の補助金を活用しましょう。環境省の「SHIFT事業」では、CO₂削減計画策定に最大100万円、設備更新に最大1億円の補助が受けられます。省エネ設備は光熱費削減にもつながるため、中長期的にはコストメリットが生まれるケースが多いですよ。
まとめ:脱炭素は企業の必須戦略。まずは現状把握から
脱炭素経営は、もはや大企業だけの課題ではありません。「現状を知る」「目標を立てる」「できることから始める」という3ステップで、どんな企業でも取り組みをスタートできます。補助金や支援ツールも充実しているので、まずは自社のCO₂排出量を把握することから始めてみてはいかがでしょうか。小さな一歩が、持続可能な未来への大きな一歩につながるはずです。
